■スティーブン・ミルハウザー / ナイフ投げ師
・ゴシックロマン的な作風を得意とする現代アメリカの作家の短編集.柴田元幸訳.
・珍しく図書館に複数冊の蔵書があったり,借り手がついていたりで,かなり売れた本のようである.
・精密/細密/緻密にして濃密,博覧趣味でモノマニアック(物マニアック)な描写が,この作家の真骨頂と見受けた.
・表題作.今や有り触れた曲芸となってしまったナイフ投げを,窮極の芸術,謂わば「エクストリーム・ナイフ投げ」へと進化させた,天才ナイフ投げ師,ヘンシュ.読者は観客と成り代わって,彼の舞台を眺めることになる.劇場に閉じこめられた観客同様,舞台の終わりまで目を離せない,つまり最後までページを捲らずにはいられない,強力に蠱惑的な一編.
・『新自動人形劇場』.からくり人形劇場を名物とする,とある市.人間や動物の動きのリアルな模倣を旨とし,精巧さを増していく人形作りの中にあって,名匠,ハインリッヒ・グラウムの作る人形はいつしか,これまでにない,異質なものへと変化していく.
・『協会の夢』.ある協会が,流行らない百貨店を買い取り,新装開店させた.次々に変化し続ける魅力的なディスプレイや,意外性をもって配置された様々な売り場に紛れて,「小川」や,「廃墟の柱」など,凡そ非常識なものを売る店舗が幾つも存在することが明らかになる.協会の恐るべき狙いとは….
・『パラダイス・パーク』.嘗てコニー・アイランドに存在し焼失した遊園地の変遷を辿る.地下/地上の双方で増改築を繰り返し,次々に大衆の度肝を抜くようなアトラクションが出現するのだが….
・何れも,天才的な人物或いは団体によって,ある物事が極限まで突き詰められていく様が描かれている.夥しい事物の描写の羅列によって細部のリアリティを保ったまま,読者を非現実の側にまで誘う濃厚な小説世界は,ちょっと,他の作家では味わえないものである.
・箱庭の魅力,ミニアチュールの魅力といったものも多分に感じられる.『協会の夢』などは,「ザ・タワー」というゲームを思い起こさせる.
■レオノール・フィニ / 夢先案内猫
・フランスの画家の手になる幻想小説.
・「夢先案内猫(オネイロポンプ)」を名乗る,不貞不貞しくも麗しい猫に誘われて,「私」は幾つもの幻想を旅する.
・要するに猫が出てきてニャンニャンするはなし(イヤらしい意味で).
・裸の少年が,バター犬宜しく猫に体を舐めさせる,という,動物愛護団体から苦情が来そうな,割と直接的な描写もあったりする.
・古今の名画に描かれた猫が一斉に動き出す場面がハイライトなのだが,美術の方面に疎い僕には,今一つ映像を浮かべきれなかったのが残念至極だった.
・「夢先案内人」は,山口百恵の歌った名曲で,77年にリリースされたものだが,それを踏まえたタイトルだろうか.個人的に物凄く好きな曲である.
・主人公の性別について,はっきりとは示されていないように思われるのだが,女性だと断定している書評を見かけた.原文を見れば一目瞭然なのだろうか.
■日影丈吉 / 移行死体
・ダンディズムの作家の手になる長編ミステリ.’63作.
・売れない画家の甘利は,ビルの居住権のために,居候の大学生,宇部と組んで,家主である,右翼政党「報国合力党」の党首,鳥山の殺害を企てる.
・アドバルーンに死体をくくりつけてビルの屋上に運び上げることを計画し,何だかんだで実行に移すのだが….
・屋上にあったはずの鳥山の死体が,10日後に遠く離れた八丈島で発見される.如何にして死体は移行したのか?みたいなストーリー.
・普段殆どミステリを読まないのでよく分からないが,ミステリとしてはいろいろ詰めが甘い気がする.主要な登場人物が死体を入れて6人と,とても少なかったりする上に,重要な人物が終盤で出てきたりするし,あまりあれやこれや推理する楽しみがあるようには思えない.プロットはそれなりに重層的だが.
・ニヒルを気取ってはいるが実際は狡くて臆病なだけの甘利といい,状況に流されまくりで如何にもモラトリアムな宇部といい,党首を名乗ってはいるが,その実弟夫婦しか党員がいない陳腐なカリスマの鳥山といい,どうにも虚無的な人物造形が成されているが,この時代の気分なのだろうか.60年に書かれた「非常階段」の主人公,八木原総一などにも,同様の気分を感じる.
・往時の八丈島の様子が描かれる後半部分は面白く読んだ.八丈方言はかなり独特のようだが,今でも使われているのだろうか.
・台湾を舞台にした「応家の人々」などの方が,エキゾチックな幻想性があって好きだなぁ.